今にも折れてしまいそうな、儚げな着物姿。
物憂げな表情、そして、何かを言いたげな瞳。
「大正ロマン」という言葉を聞いたとき、誰しもが思い浮かべる美人画。
竹久夢二の描く美人に憧れた女性は、私だけではないはずです。
竹久夢二の美人画みたいな着物姿になりたい。
大正ロマンと呼ばれる文化を、古書などの一次資料から辿る私のSNSアカウントには、
そんなコメントがしばしば寄せられます。
けれど、私は思うのです。
「竹久夢二の美人画は、着物姿のお手本としては全く役に立たない」と。

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竹久夢二のモデルとして有名なのは、なんと言っても「お葉さん」でしょう。
その他にも、夢二と関係の深い女性として、
よく、永遠の恋人であった彦乃さん、
唯一結婚をした女性であるたまきさんの名も挙がります。
けれど、見落としがちな点があります。
竹久夢二の作品を注意深く眺めていると、
意外にも、芸妓や舞妓をモデルにした作品が多いのです。
当然、彼女たちの着物の着こなしは、一般女性とは大きくことなります。
特に違うのは、半襟や衣紋。
大正時代は確かに、現代では振袖などの華やかな着こなしにしか登場しない、刺繍の半襟が流行していました。
お洒落な半襟をたっぷり見せるのも、当時流の着こなしです。
けれど、それよりももっと半襟をたっぷり見せ、
大胆に衣紋を抜く舞妓の着付けは、当然一般的ではありません。
当時の資料を見てみると、女性たちの襟元は意外なほど控えめです。
このような着こなしはむしろ、
現在、アンティーク着物を愛好する方々の間でよくお見掛けするように感じます。
もしかしたら、竹久夢二が描いた舞妓の姿が、
いつしか「あの襟幅と衣紋=大正ロマン」と解釈されていったのかもしれません。
そしてもう一つは、状況。
竹久夢二のモデルを務めた女性たちによれば、
彼のモデルをする際にはわざと半襟を手でつかんで引き出したり、着崩すこともしばしばあったそうです。
夢二の作品には泣いている女性もしばしば描かれます。
恋仲にある女性と喧嘩をしてわざと泣かせて、それをスケッチしていた、
などという鬼畜エピソードも残っているそうです…
つまり、竹久夢二の描く女性には、確かにモデルとなった女性はいるものの、
普通ではない状況を作り出していた場合もあった、という事になります。
その現実感の無い女性像は、大正時代という特殊な時代にマッチしていたのだろうと私は考えています。
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竹久夢二は、雑誌の挿絵や書籍の表紙、広告美術などで人々の心を動かし、
「大衆人気」という形で成功した人物です。
大正時代は、印刷技術が飛躍的に向上したことにより、雑誌がブームとなります。
この影響で、画業を志す青年たちが挿絵をきっかけに有名になる機会も増えました。
夢二の他には、高畠華宵も有名ですよね。
また、夢二は現在で言うグラフィックデザイナーのような仕事でも、そのセンスを発揮しました。


しかし、時代の経過とともにその人気も徐々に衰えていきます。
晩年は渡米して個展を開催するなど、大衆人気というかたちから脱却しようするもなかなか受け入れられず、
失意の中でこの世を去りました。
個人的には、この時代に中央画壇に受け入れられなかった要因は、
夢二が絵画の基礎を学んでいなかったことだと考えています。
竹久夢二の年譜を見てみると、
「大正時代に愛された」という表現がぴったりだと思うのです。
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のちに「大正ロマン」と呼ばれた大正時代の文化。
大正ロマンという呼び名は、「ロマン主義」が由来だとよく言われます。
海外からやってきた新しいファッションや食べ物、都市的なライフスタイル。
そして、新しい思想。
そんな時代だからこそ、夢二が描く現実感の無い女性たちは、
特に人々の心を動かしたのではないでしょうか。
頭蓋に対して大きすぎる瞳、骨格を無視した、小さな肩や手足。
私達現代人は、少女マンガなどで見慣れていますが、
現実の女性像からはかなりかけ離れています。
夢二が基礎をしっかり学んで実践するタイプだったら、
きっと、夢二式美人は生まれていないでしょう。
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大正12年9月1日、関東大震災が発生します。
都市の壊滅は、言い換えてしまえば、変身の機会でもありました。
電気やガスなどの都市整備、速報性の重大さを学んだ人々はラジオを聴くようになり、
東京の時間の流れはより一層早く、流行も刹那的になっていきます。
これ以降、東京は「モダン」に突き進んでいったのは、時局を見れば当然の事なのかもしれません。
「尖端的」、つまり最先端であることが何よりも愛された、昭和初期。
ロマンの時代、竹久夢二が描いた儚げな美女たちの、その儚げ
で非現実的な美しさは武器でした。
しかし、「尖端的」な時代への変化の中、それは徐々に武器ではなくなっていったのかもしれません。
竹久夢二の美人画は、大正時代に生まれ、大正時代にそのピークを終えました。
愁いを帯びた彼女たちの瞳には、これから先の未来ではなく、竹久夢二が描いた世界しか映っていなかったのでしょう。
現実の女性からは程遠い。
だからこそ、大正という時代に愛された夢二式美人。
その着物姿は、現実世界には存在しないからこそ美しいのではないでしょうか。
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時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
宮寺理美
【出典・参考】
竹久夢二『出帆』 作品社 2022年
竹久夢二美術館『竹久夢二のおしゃれ読本』 河出書房新社 2005年
坂原冨美代『夢二を変えた女 笠井彦乃』 論創社 2016年

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