水の流れる音。
そして、歯ブラシがしゃかしゃかと働く音。
2つの音が響き合って、なんだか働き者になった気分だ。
その音を聞きつけた夫が、眠そうな目をこすりながら私のいる洗面所を覗き込んだ。
「お、なんか洗ってるんか」
「うん、簪増えちゃったからね…」
「勝手に増えたみたいに言うやん」
夫には言い訳が通じないようだ。
私の休日は、意外に忙しい。
何も用事が無いと思っていても、何かと用事ができるのだ。
縫い目の裂けてしまったアンティーク着物を繕わなければならないし、
日焼け止めがついてしまった刺繍半襟は、日々溜まっていく。
新しくアンティークの品物を買い求めれば、メンテナンスが必要になることもあるし、
その上、古い本が増えれば、風を通さなければいけない。
古物は誰にでも購入できる。
でも、手を入れなければどんどん劣化してしまうし、古物は埃も引き寄せやすい。
なるべく時間を見つけて少しずつでも手入れを進める。
最近では、それはすっかり私のライフワークになっている。
私にとって古物は、「仕事が忙しくて…」なんて言い訳を聞いてくれない、恋人みたいなものだ。
歯ブラシの出番が終わった。
泡がもくもくと溜まる水の中から私が取り出したのは、最近購入した髪留めだった。
デザインが気に入って手に取ったが、触ると手に埃がつくほど汚れてしまっていたのだ。
綺麗になって、よりいっそう可愛く見える。
「これって洗ってええんやな」
「うん、セルロイドだからね」
「べっ甲じゃないんやな」
確かにべっ甲にも見えるし、わざとべっ甲のように見える加工をしている簪もある。
「古いべっ甲の簪ってめっちゃ脆いんだよね、もう買わないと思うわ」
「そうなんや」
いつか、髪に挿した数秒後にアンティークのべっ甲の簪が折れたことがあった。
折れた簪は勢いよく私の後頭部に当たり、まるでハリセンで思いきりはたかれたような痛みだった。
べっ甲は美しいが、空気で劣化もするし、天然素材なので意外に虫食いも多いのだ。
「べっ甲、綺麗だけど難しいんだよなぁ…」
苦い思い出を噛み締めながらぼやく私を、夫は不思議そうに眺めていた。

私の手の中で水に濡れたセルロイドの髪留めが、つやつやと光っていた。
アールデコ風の細工の隙間に入り込んだ汚れも、綺麗に落ちている。
その光は、遠い時代の気配を纏っているように見えた。
***
セルロイドの髪飾り。
それは、ただの安い「代用品」ではありませんでした。
セルロイドは19世紀に生まれた素材で、綿花などを原料として生まれました。
現代の言葉でいえば「バイオプラスチック」と呼ばれるものに近い存在です。
熱で加工しやすく、安価で軽い。
当時の人々にとって、そんなプラスチックは単に「新しい素材」なだけでなく、モダンでハイカラな素材でした。
明治時代後期になると、貴婦人たちの帽子にあしらわれていたリボンは、若い女性たちに髪飾りとして流行します。
贈答用品店では、リボンの髪飾りも人気商品だったようです。
洋装はハードルが高いけど、髪型や髪飾りなら…
そう思う女性は、きっと多かったのではないでしょうか。
大正時代になると金や銀の製造技術も上がり、国産の指輪や簪も登場します。
尾崎紅葉の『金色夜叉』に登場する金剛石の指輪は、
明治後期から大正時代にかけて、こうした装飾品の普及に一役買ったのかもしれません。

しかし、本物のジュエリーは、まだまだ手の届かない憧れの存在でした。
べっ甲や珊瑚、翡翠。
どれも、決して手軽に手にできるものではありません。
でも、セルロイドによって「似た美しさ」が手に入るようになったのです。
セルロイドは加工品。
アルコールなどは厳禁ですが、きちんと乾燥させれば水洗いができます。
こうした手軽さも、当時の女性たちに普及した一因なのかもしれません。
モダンな装いに憧れる女性たち。
でも、まだまだ洋装の女性も少なく、断髪は「決意表明」と受け取られた大正時代。
女性たちが生活様式を一気に変えることはまだ困難な時代でしたが、
彼女たちは、着物や半襟の図案、小さなアクセサリーや髪形から、
西洋の文化を身に纏うことができました。

私の手の中で光る、アールデコ風の髪留め。
それは、彼女たちの小さな憧れの形だったのかもしれません。
***
時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
宮寺理美

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