短く着付けた着物の上に袴を履く。
今日の着物は、大正時代から昭和初期にかけて女学生たちにも愛された「銘仙」だ。
しゅる、しゅる、と衣擦れの音がした。
今日は文京区の弥生美術館で開催中の展示を見に行く。
タイトルは「はいからモダン袴スタイル」。その名の通り、女性の袴姿がテーマの企画展だ。
はいから。モダン。その言葉からは、明治から大正にかけての華やかな香りがする。
そんな展示のテーマに合わせて、私は高畠華宵が描いた女学生の装いに挑戦してみたのだった。


「お、ええやん。動きやすそうやな」
襖から夫が顔を出す。
袴のリボンを結ぶのに四苦八苦していた私は、「うん!」と返事をするのがやっとだった。
校章のあしらわれたベルトを締めれば完成だ。
大正時代の女学生。
そう聞くと、大きなリボンが印象的なヘアスタイルや、海老茶色の袴とブーツ、
そして矢羽根の着物をイメージする人も多いだろう。
でも、私が着たのは、当時の女性たちが普段着として着ていた銘仙。
そして、袴は足首よりもずっと短い。
「う~ん」
「なんや、なんか納得いかないんか」
「思ったより袴が長いんだよね」
実は、大正時代の女学生の袴は、ちょっと驚くほど短い。
市販のポリエステル袴は卒業式を想定しているせいか、かなり長めに作られている。
30センチほど裾を詰めてみたものの、それでも華宵の女学生と比べると、かなり長く感じる。
「下帯もしてないし、しょうがないか」
そう、当時の女学生は、実は袴の下帯もしていないのだ。
「でも、かなりそれっぽいで。それなら卒業式とは間違えられんやろ」

弥生美術館『はいからモダン袴スタイル』展示風景(展示は2026年3月29日で終了)
現代では、袴といえば卒業式だ。
式典の服装として親しまれているせいか、下帯は必須。
卒業式で見かける若い女性たちは、半襟や髪飾りも華やかだ。
私は姿見の前で回ってみる。下帯の無い袴は、洋服のスカートのように軽やかに揺れた。
夫はアンティークのカンカン帽にストライプのシャツ。
「なんか帝大生みたい」
「どうせ本郷キャンパス寄って写真撮るやろ」
文学作品の中に登場する帝大生。
夏目漱石や坪内逍遥の作品で描かれる彼らは、どこか軽薄なイメージがある。
今では考えにくいが、当時は男女で教育の場もカリキュラムも全く別だった。
帝国大学は当然男子校。女学生たちは、その門をくぐることすら難しかっただろう。
今日の目的地である弥生美術館は、そんな帝国大学、現在の東京大学の、歴史ある本郷キャンパスのほど近くにある。
「よし、行こ」
私はブーツではなく、大正時代の女学生にならい、パンプスを履いて玄関を出た。
ふわりと春の風が頬をかすめる。
その風に触れた時、私はある「物語のはじまり」を思い出していた。
それは、はいからさんと呼ばれた、ふたりの女性の物語だ。
***
鈴ベルの音高く、現れたのはすらりとした肩の滑り、デードン色の自轉車に海老茶の袴、
髪は結流にして、白リボン淸く、着物は矢絣の風通、
袖長けれど風に靡いて、色美しく品高き十八九の令嬢である。
ー 小杉天外『魔風恋風』
明治時代に新聞に掲載され、人気を博した小説『魔風恋風』。
そして、1970年代に社会現象にもなった少女漫画『はいからさんが通る』。
この2つの作品は、ヒロインの登場シーンがとてもよく似ています。
自転車に乗って颯爽と登場する、袴の女学生。
彼女たちは、颯爽と登場した後に自転車で転んでしまいます。
けれどその先は、全く違う物語が展開されていくのです。
『魔風恋風』のヒロインは、美しさと聡明さを兼ね備えた女学生、荻原初野。
しかし、そんな華やかなキャラクターとは裏腹に、
物語はケガに三角関係、金銭トラブルなど、散々な出来事が次々と巻き起こります。
当時の男女学生の尖端的な風俗を描き、社会現象となるほど好評を博したとも言われる『魔風恋風』は、
明治時代、女学生は批判の対象でもあったというその背景から、
「ハイカラなんて言って浮かれてるとひどい目にあうぞ」というメッセージとも読み取れる作品です。
その一方。
『はいからさんが通る』のヒロイン花村紅尾は、社会の圧力に動揺しない女性として描かれます。
元より決められた相手だったとはいえ、当時は批判の対象だった自由恋愛の末に結婚。
記者として活躍し、洋装を纏う姿も描かれています。
作中には時折、「じゃじゃ馬」という表現も登場します。
世の中の理想の女性像に従わず、自分を信じ、自分の足で人生を歩む。
そんな「じゃじゃ馬」の姿は、萩原初野が目指した姿だったのではないでしょうか。
令和の現代、『はいからさんが通る』で描かれた花村紅緒の女性像は、
そのまま「はいからさん」として大衆に受け入れられているようにも感じます。
大正ロマン=はいからさん
このイメージがここまで広く深く定着したのは、『はいからさんが通る』がきっかけであることは、
私が指摘するまでもない事なのかもしれません。
実際には、「堕落女学生」などと揶揄されていた女学生たち。
でも、その女学生たちは、自立を意識し、歩み始めた近代女性の象徴となりました。
明治時代から少し時代を下ると、女性の進学率は徐々に上昇し、活発に動き回る女学生の装いが誕生しました。
身体を締め付ける帯はほどき、短い袴にパンプスで歩いてみると、
殻を脱いだように感じられたのは、当時の女学生たちも同じだったのかもしれません。
袴の裾を揺らしながら歩く、その一歩一歩は、
確かに時代を変えていく足取りだったのでしょう。

***
時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
宮寺理美

コメント