こんにちは、宮寺理美です。
毎週日曜の夜は『大正浪漫譚』と題したシリーズを連載しておりますが、
今週はちょっと箸休め。
最近私が感じた、近代の日本文化――
特に、「昭和レトロ」「大正ロマン」などの言葉で分類され、共有され続ける、
「日本のレトロ」について、
少しだけ、記してみたいと思います。

ある日のできごと
以前、中華民国時代の旗袍(チャイナドレス)について、
インスタリールで「中国の大正ロマン的存在」と紹介しました。
日本では中国の民族衣装として認識されることの多い存在。
しかし、その始まりは近代化や都市生活の中で、女性像が変化したことでした。
難しい言葉を使わずに、そのイメージを伝えるために選んだ言葉だったのですが、
中国の親切なフォロワーさんからは、こんな指摘が入りました。
「このスタイルは1930年代です。日本の年号だと昭和ですよ」
私は中国のSNSでも発信をしているので、
海外のフォロワーさんも、古き時代や文化を愛する方が多いです。
そして確かに、海外の発信者の方を見ていると、年代表記をする方が圧倒的に多いんです。
時代とファッションの表現方法
海外のヴィンテージファッション愛好家たちのSNS投稿を見てみると、
20s 30s 40s 50s…
こんな表記がよく使用されています。
1900年代のファッションはこんな風に、「何十年代」と表記されることが多いです。
時代と共に、徐々に変化するファッション。
確かに、10年単位で区切るのは、ちょうどいい時間の区分けかもしれません。
そして、日本でよく見かけるような、
「大正ロマン」「昭和レトロ」、または「戦前」「戦後」。
そんな単語で年代を区切る方が、あまりいないのです。
ちなみに、中国では
旗袍の場合は「民国時代」、
漢服の場合は「明」「宋」など、王朝で区切る場合もありますが、
日本の「年号+イメージを表現する単語」のような表現は無いように思います。
ヨーロッパ圏では、内戦や革命、第一次世界大戦の方がより社会に強く影響しているのも、
こうしたギャップの原因なのかもしれません。

大正ロマン=レトロなイメージ
このブログやInstagramで、私が度々テーマにしているのは、
大正ロマン。
つまり、大正時代の文化やファッションなどです。
私のコンテンツの特徴は、私自身がコレクションしている一次資料から、当時の文化を読み解くことです。
しかし実は、いつも1つの難題があります。
大正ロマンという言葉と共に一般に流布されているイメージと、実際の大正時代には、
少々の乖離があるのです。
少々実例をあげてみます。
例えば、大正ロマンという言葉を聞いたときに連想する女性像の代表格、ハイカラさん。
矢羽根の着物と海老茶色の袴、ハーフアップのような髪型に、大きなリボン。
この印象的なビジュアルイメージは、実在の人物がモデルとなっており、
それが、オペラ歌手として活躍した、三浦環さんの学生時代の姿です。
しかし実際には、三浦環さんが女学生だったのは明治時代後期頃。
大正時代に入ると、学校制度も変化し、
「超お嬢様」以外の女の子も、学校に行くようになっていいきます。
それに伴い、袴は短く、動きやすく変化していきます。
ハイラカ女学生のイメージは、本来であれば「明治ハイカラ」の象徴。
これが、時代が経つにつれて曖昧になり、
年号を飛び越えて「大正ロマン」として認識されてしまっているのです。
そして、断髪洋装のモダンガール。
「大正時代中に登場した」というのは間違いではないのですが、
統計を見てみると、「着物と洋装が半々くらい」という状況とは、全く異なります。
洋装の女性の具体的な人数。
それは、大正時代の関東大震災のバラックをスケッチして後世に伝えた、
民俗学者の今和次郎氏の著書に残されています。
銀座で定点観察を行った今和次郎氏は、
大正13年の銀座で、洋装の女性は100人にたったの1人だった、と記しています。
(出典:今和次郎『考現学入門』1987年 筑摩書房)
日本の特殊事情
そんな大正時代末期、一気に「モダン化」が進むできごとが起こります。
それが、関東大震災――
東京をはじめとした関東地方を、未曽有の大震災が襲い、
都市機能は壊滅。新聞社も機能せず、人々は大混乱。
この経験をきっかけに、様々なものごとが見直され、
都市部ではガス、電気、水道などのインフラ整備が大きく進むきっかけになりました。
洋装の女性も、昭和初期ごろをきっかけに増加しているようです。
白木屋百貨店のデパート火災を普及のきっかけとして紹介する媒体もありますが、
気候変動により夏の気温が急上昇したこと、そして、
震災後のモダン化の勢いなど、複合的な理由があったことを加味すれば、
要因をひとつに絞るのはナンセンスでしょう。
大正時代に芽生えていたモダンの萌芽は、こうして、昭和初期に一気に花開きました。
大正ロマン、昭和レトロ――
この間に「昭和モダン」も入れていいような気がしますよね。
そして、ここで書き記したいことは、
「年号が変わったからといって、何かが急に変わるわけではない」ということです。

年号以外の「きっかけ」
私達日本人は、同じようなできごとを、もう1つ共有しています。
それが、戦争――第二次世界大戦、太平洋戦争。「先の大戦」です。
戦後の日本はアメリカの文化を一気に吸収していきます。
昭和レトロ。
そんな言葉は、これ以降の「昭和」のイメージを共有する言葉のように、
個人的には思っています。
年号とできごと。これらの定義が交錯し、
時代ごとのイメージ共有が徐々に曖昧に拡散されていった。
これが、「大正ロマン」や「昭和レトロ」という言葉の、
「なんだか懐かしい、昔のもの」という空気感なのだと思います。
震災、戦争。
暴力的な言葉よりも、
ロマン、レトロ。
そんな言葉を選んだ私達。
その意味を考えれば、
「1930年代は大正ロマンじゃない」という親切な指摘も、
時には野暮なんじゃない?なんて思うんです。
これからのこと
2026年5月の私は、これから一体どんな時代が来るのか、
正直言って、戦々恐々としています。
けれども、これまでがずっと安心して暮らせてきたので、
「もしかして、これまでが何もなさ過ぎたんじゃないのかな?」と思う事もあります。
世界は変わっていきますが、私のコアはずっと変わりません。
それは「私にできることを続ける」ということ。
私の部屋には未読の本がバベルの塔のごとく積み上げられ、
書きたいことも作りたいコンテンツも、まだまだ実現できていません。

これから私がどんな未来を描くのかは未知数ですが、
退屈なことをする予定はありません。
どうぞ、冷やかしついでに見て行ってくださいね。
宮寺理美

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