【大正浪漫譚・番外編】時が重なり合う街、根岸

大正浪漫譚

こんにちは、宮寺理美です。

昨年、2025年は終戦80周年の節目の年でした。
その年に、広島県と長崎県、どちらも訪れる事になり、様々な事を肌で感じたことは、
シリーズ【大正浪漫譚】にも、すでに綴りました。

今年の夏は、意図せずその続きを見に行く機会がありました。
今回は、私は特に感じる事の多かった、
横浜市中区と磯子区に跨る「根岸」という場所について、綴りたいと思います。

***

私の言葉を綴る前に、一つご紹介しておくべきニュースがあります。
2026年6月30日、『旧根岸住宅地区』と呼ばれる場所が返還されました。

旧根岸住宅地区の跡地利用 – 横浜市

在日アメリカ海軍の住宅専用施設。
私がこの場所を訪れたのはもうすっかり夏が来た頃でした。



「この金網の向こうがついこの間までアメリカだったんだ」
そう思うと、なんだか不思議な気持ちになりました。

今の私は39歳。祖父母は埼玉の地で戦争を経験しました。
祖父は私が幼いころに他界していたので、私はもっぱら祖母の話を聞いて育ちました。
祖母の話は生活苦の話が多く、戦闘や軍隊の話はあまり聞きませんでした。
けれど、お皿を洗っているときに祖母が時々口ずさんでいた唄が軍歌だったことを、
大人になってから知り驚いたものです。

私は今もまだ「戦後」を生きているのだな、と、
祖母の口ずさむ軍歌を思い出しながらこの道を歩きました。
金網の向こうに見える土地は美しい緑の草が覆い隠し、空は真っ青に晴れ渡っていました。

私がここを訪れたかった理由は、こうした「遺構」があるから、だけではありませんでした。
バスに乗って向かったのは「浜マーケット」。
闇市に起源を持つ商店街です。



夏休みの期間だったこともあり、お休みのお店も多かったのですが、
往来する人やお店の様子から、普段の活気が感じられました。
せっかく来たのだから、と名物の三角コロッケも食べてみました。
懐かしい味のコロッケ。とっても美味しかったです。


闇市に起源を持っているとだけあり、商店街は少々薄暗め。
独特の雰囲気があります。
けれど、よく見てみると、
最近あった台風の後で、壊れたアーケードを自力で補修した痕跡や、
表通りよりも一層古い部分に設けられている、
けれども、とても清潔なお手洗いがありました。

懐かしいレジスターを使っているお肉屋さん、古着を売っている謎のお店、
ガラガラとシャッターを上げる雑貨店の店主さん。
「このお店の人って何時に来ますか?」と私に話しかけてきたのは、
このエリア担当で顔見知りだらけと思しき、ヤマト運輸のお兄さん。

『助け合い』とか『支え合い』なんて言うと、少し大袈裟なのかもしれません。
けれど、ここには、
手をつなぎ一緒に生きてきた、商店街の仲間たちの息づかいがありました。

そんな商店街を眺めながら三角形のコロッケを食べ終えた私は、
坂道を上るバスに乗り込んで、次の目的地を目指しました。

***

そのお屋敷は小高い丘の上にありました。
バス停から歩いて向かい、暑さにヒィヒィ言っていた私を、
立派な三角形の屋根が見下ろしていました。


横浜市指定有形文化財 根岸なつかし公園 旧柳下邸

受付で伺った注意事項から察するに、写真はあまり撮って欲しくなさそうだったので、
内観の写真掲載は控えておきますが、本当に素晴らしかったです。
ご興味のある方はぜひ現地でご覧ください。
特にお風呂場が大変立派で美しかったです。

その昔、根岸は風光明媚な別荘地だったようです。
この立派なお屋敷の持ち主は商人。銅板の輸入業で財を成したのだと、展示物から知ることができました。
大正期には銅板建築も流行しましたし、今は無機質な素材の雨樋も、かつては銅板で作られていました。
きっと、勢いのある分野のビジネスだったのでしょう。
立派な冷蔵庫や、洋間にはオルガンもありました。

大正期から昭和初期、根岸というこの場所は、どうやらとても華やかな場所だったようです。
そんな当時の雰囲気が残る場所がもう1つあります。
ここまで来たらもうバスの力は借りず、自力で次の目的地へ。
横浜市は階段や坂道が多いですが、長崎に比べたらへのかっぱ。



根岸に来たら必ず寄りたかったのは、根岸競馬場跡。
現在残っているこの建物は昭和5年築ですが、
競馬場の歴史はもっと古く、なんと江戸末期から西洋式の競馬場があったというのですから驚きです。
窓は割れ、壁面には蔦がのたくっていますが、それすらも「時の洗礼」に見えてしまいます。

100年前、ここにいたのはどんな人だったのでしょう。
疾風のように駆け抜ける馬や、歓声を上げる人々が、今ではもう存在していないのが不思議なほどの存在感です。

芝生を照り付ける太陽。けれど、心地よい風がずっと吹いているせいか、
暑さがそこまで辛くなかったのも印象的でした。
ただの偶然からもしれませんが、この場所が別荘地であったという事も、この心地よさに納得してしまいます。
根岸競馬場は金網で封鎖されていて、こちらも封鎖済みの米軍施設も隣接していました。

根岸競馬場が現役だったことの人々は、
まさか数十年後に、この場所に米軍施設ができるなんて思いもしなかっただろうな。

根岸競馬場がある公園には、アイスクリームの自動販売機や、バスケットゴールが設置されていました。
公園の隅のベンチに座り、自販機のアイスを食べながら、
根岸競馬場の高い塔を見上げてそんな事を考えていると、今という時代がなんだか奇跡のように思えてきました。

***

根岸で見た時間の重なり。
この日私が歩いた場所も、いつか誰かにとっての「昔」になっていきます。
私は、過去を見に行くために、根岸という場所をあるきました。
けれど、実際に見えてきたのは、
過去ではなく、今の私に続いている時間でした。

私達は、過去にタイムスリップすることはできません。
ただ、過去の上に立って、今を生きることはできます。

***

時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。

宮寺理美

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