【大正浪漫譚】病める薔薇とモダンの夢

大正浪漫譚



「わ、めっちゃ混んでるね」
「でもすごく綺麗!」
咲き誇る色とりどりの薔薇を前に、私たちはうきうきと歩き始めた。
「どこから見に行こう?」
「あそこらへん綺麗じゃない?」
久しぶりに会う友人とのひととき。
夫以外の誰かとこんな風に他愛のない会話を交わすのは、ちょっと久しぶりだ。

友人のすずちゃんは、10代の頃からの友人だ。
私の好きなものを1番熟知している人物かもしれない。
久しぶりに会う約束をした時にすずちゃんが提案してくれたのは、
私好みな築100年の古民家を改装したレトロなカフェ。
そしてここ、京成バラ園だった。



「いい匂い~」
「色が薄いのの方が、香りが強い気がしない?」
様々な品種の薔薇が所狭しと咲き誇っている。
すずちゃんは私の写真を何枚も撮り、私の着物を褒めまくってくれる。
「本当に可愛い!」
そう言われるたびに、つい頬が緩んでしまう。

今日の着物は薔薇づくし。
春薔薇の季節だというのに、今週はぐっと気温が下がったので、
絞りのアンティーク着物を選んだ。
シャボン玉のような円形の縁取りの中で、薔薇が咲いているモダンなデザインだ。
それに合わせたのは、精緻な薔薇の刺繍が施された黒い繻子の帯。
本当は同じモチーフを詰め込むのは「野暮」なのだろうが、
そんな野暮も大正ロマンコーデならきっと許されるだろう。

「あれ、よく見たら襟も薔薇なんだね」
「そうなの、これもアンティークなんだよ」
すずちゃんが私の半襟を見て言った。
赤い生地にほどこされた薔薇の刺繍は、現代の刺繍半襟のような細かい刺繍ではない。
きっと誰かが、手ずから刺繍したのだろう。



着物の柄としての薔薇は、大正時代以降に多く見られる。
けれど実は、栽培については、
大正時代中はまだそこまで定着していなかったという説もあるそうだ。
薔薇が本格的に広がって行ったのは、太平洋戦争後のこと。
輸入品が多かった大正時代、薔薇は「舶来のモダンな花」として人気だったのだろう。

薔薇を見ながら他愛のないおしゃべりをしていると、
どこからか、オルゴールのような音色が聴こえてきた。
「なんか音しない?」
「あれじゃない?なんかやってるよ」
オルゴールの音楽を辿った先にいたのは、アンティークドールのような女の子だった。
機械仕掛けの人形のように踊っている。大道芸人だ。

「わ、可愛い」
「バラ園にぴったちだね」
すずちゃんも私も、実はヴィジュアル系バンドがきっかけで知り合った。
薔薇とアンティークドール。なんだかちょっと懐かしかった。
私は、大道芸人に少しだけチップを置いた。
アンティークドールはこちらを向いて、音楽に合わせてゆっくりと微笑み、手を振った。
「ファンサしてくれてる」
「可愛い」



柔らかく優しい雰囲気。でも、どこか少し不気味で神秘的。
その雰囲気が、咲き誇るバラによく似合っていた。
色や形、どれも同じもののないバラ園。
風と共にかぐわしく香る薔薇たちも、華やかで麗しい反面、どこか神秘的だ。

アンティークドールは、またさっきのように踊り始めた。
私は、咲き誇る色とりどりの薔薇を眺めながら、
佐藤春夫の小説を思い出していた――

***

薔薇は、彼の深くも愛したものの一つであつた。
さうして時には「自分の花」とまで呼んだ。
何故かといふに、この花に就ては一つの忘れ難い、慰めに満ちた詩句を、
ゲエテが彼に遺して置いてくれたではないか――「薔薇ならば花開かん」と。
 ー佐藤春夫『田園の憂欝 或は病める薔薇』


都市での生活に疲れた「彼」、そしてその妻。
佐藤春夫『田園の憂欝 或は病める薔薇』に登場するのは、
現代人と同じ悩みを胸に抱いた、この2人です。

田園での新生活に、希望と不安が入り混じった様子の2人が、
佐藤春夫によって巧みに描かれる本作。
サブタイトルは『病める薔薇(そうび)』。
もしも、この小説に登場する花が別の花だったら、
読後感は全く違ったものになっていたのではないかと、私は思うのです。

大正から昭和初期にかけて、
西洋的な暮らしの憧れが広がっていった、そんな時代の中で、
薔薇は単なる花ではなく、憧れの存在でした。

明治30年に発売され、今も女性たちに愛され続けている、
資生堂の化粧水、オイデルミン。
パッケージには咲き誇る薔薇がデザインされています。
発売当初のオイデルミンは、お金持ちの若い女性がターゲット。
中でも新橋芸者にヒットし、
当時の店内には、三味線を置く場所がしつらえられていたそうです。

華やかで甘く、どこか退廃的な薔薇の花。
大正ロマンと呼ばれる時代の中で愛された薔薇は、
近代化の時代を生きた人々の、憧れと不安、
どちらも映していたのかもしれません。

***

時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。

宮寺理美


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