【大正浪漫譚】はいからさんが夢見た自由

大正浪漫譚



かげろうゆらゆら小石川、ハーフブーツに海老茶の袴、頭のリボンもひらひらと
これで決まりの女学生、わたくし花の17才

「お、パソコンで動画見てるなんて珍しいな、なんかあったん?」
休日にコーヒーを淹れる事を趣味としている夫が、私の分のカフェオレを持ってきた。
「はいからさんが通るって知ってる?私これ大好きで原作漫画も持ってるんだよねぇ」
アニメ制作会社である日本アニメーションが、公式YouTubeチャンネルで、創立50周年を記念してアニメを一挙公開しているのだ。
その中には私、宮寺理美のバイブル的作品『はいからさんが通る』も含まれていた。

『はいからさんが通る』については説明不要だろう。
2017年にはなんともイマドキな作風でアニメ映画化もされ、宝塚歌劇団でも舞台化されたが、私はやっぱり原作と当時のアニメのファンだ。もちろん、若かりし日の南野陽子が主演のドラマも大好きだ。

「原作漫画どころか、元ネタの小説まで持ってるよ」
そう、実はこの『はいからさんが通る』、冒頭部分が明治36年(1903年)に新聞で連載された小説『魔風恋風』にそっくりなのだ。私は元ネタはこれだと睨んでいる。



しかし、その後の展開はかなり違う。『はいからさんが通る』では主人公の花村紅尾は世のしきたりに抗い、職業婦人として活躍しながら自分の愛を貫く。
一方、『魔風恋風』の主人公である才色兼備の女学生萩原初野は、颯爽と登場した後にどんどんひどい目に遭わされる。ケガ、金銭トラブル、病気、恋愛トラブル…災難の目白押しだ。
トレンディ小説の様式だが、実際には「調子乗ってハイカラさんなんかやってるとひどい目に遭うぞ」という道徳観が色濃く反映された説教のような小説だ。
当時、西洋文化を享受する彼女たちは、新しい女性像を期待される反面、堕落女学生とも呼ばれた。

「袴姿の女学生って実は明治時代なんだよね、なぜか世間では大正浪漫ってことになってるけど」
恐らくそのイメージの根源も『はいからさんが通る』なのだろう。
YouTubeを一旦停止して、私は『魔風恋風』の文庫本を本棚から出した。夫に渡すと、パラパラとめくって少し読み始める。
「なんか面白そうやん。読んでみようかな」
「面白くはないかな、はいからさんが通るの方がオススメ」

『魔風恋風』では、初野は次々と降りかかる厄災から逃げられなかった。
しかし、彼女のモデルになったと言われる三浦環女史は、お蝶夫人となって世界に羽ばたいた女性だ。




私の上野音楽学校への通学ですが、私は前髪を赤いリボンで結んで、紫の矢絣の着物に海老茶の袴、靴をはいて自転車で芝から上野に通いました。
当時女が自転車に乗るのは珍しく、殊に女学生で自転車に乗るのは私と、後で女の小学校の校長さんになった木内キヤウさん位だったので大変な評判で、自転車美人だなんて新聞は書きたてる、私の通る道にわざわざ見物に来る人がある、殊に上野の山下の三枚橋、あの日活館のあったところで、その昔佐倉義民伝の木内宗吾が駕籠訴訟をしたところですが、三枚橋の辺には大学生がわざわざ見物に来る騒ぎです。


明治時代末期に日本を離れ、海外で活躍したオペラ歌手である三浦環女史は、昭和22年(1947年)に発行された自叙伝『お蝶夫人』で、女学生時代をこう振り返っています。
矢羽根の着物に海老茶の袴のはいからさん像は、多くの人に親しみのある「はいからさんスタイル」でしょう。
しかし、明治時代の雑誌や記念写真、芸者のブロマイドなどを見ていても、矢羽根の着物の女学生は意外に少ないです。



明治43年(1910年)発行の雑誌『東京婦人風俗』に掲載されていた『現代女學生風俗』では、学校ごとに女学生達のファッションの傾向を分析しています。



學習院女學部:大部分が華族さんと來てゐるから、矢張り何處やら上品(左)
日本女子大學部:割合に野暮の樣ね、地方の人が多い所爲でせうけど(右)

東京女学館:主に豪商の娘が多い所から、華美な事は日本一(左)
お茶の水高等女學校:何處かちやんとした處もありますわ。それが高慢に見えるのかも知れないけれど…(右)


コメントしているのも女学生のようで、かなり好き放題言われていますが、女学生のファッションが校風によって異なるは現代も同じなのかもしれませんね。
にも拘わらず、矢羽根の着物と海老茶の袴が昔の女学生のイメージとして定着しているのは、三浦環女子をモデルにした小説や、それをまた元にした引札(明治時代の広告)などの影響が大きかったからではないでしょうか。
その影響は『はいからさんが通る』から更に現代に受け継がれています。

大正4年(1915年)、三浦環女史はロンドンのアルバート・ホールで日本人女性初のプリマドンナとして『お蝶夫人』を演じて好評を博しました。その後、お蝶夫人は彼女の代名詞となります。
しかし、当時のイギリスは第一次世界大戦中で、この日はロンドンへの最初の空襲の日でした。
初演は二幕目の半分までしか上演できなかった事が自初伝に記されていました。

堕落女学生を戒める小説のはいからさん、世界に羽ばたいたリアルはいからさん、愛と仕事を貫いたアニメのはいからさん。
それぞれの時代、それぞれの物語で、女性は窮屈な世界に抗い自由を夢見て羽ばたこうとしました。
はいからさんの矢羽根の着物は、今もその象徴なのかもしれません。

大正浪漫譚は、時を超えて紡がれる物語を毎週日曜の夜にお届けします。
また来週お会いしましょう。

宮寺理美

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