光沢のある生地にほどこされた、精緻な刺繍。
わずかな光の角度で色や質感が変わり、糸の陰影が際立つ様子は、いくら見ていても飽きないほどだ。
私の手でつやつやと光沢を放つその半襟は、花嫁衣裳用と思しきアンティークの半襟だ。
二羽の鶴が向かい合うデザインは、この半襟が、花嫁の門出を祝うために作られたことを感じさせる。
鶴はつがいとの絆が強い鳥で、死してもなお離れないとも言われる。結婚式の定番モチーフだ。
そして、その周りには菊などの花々。ただ華やかなだけでなく、子孫繁栄や長寿を願う意味が込められている。
「お、半襟縫ってるのか。珍しいやん」
「ドレスコードのあるパーティーだから、久しぶりに襦袢も絹物にしようと思って…」
「好きやなぁ」
実は、普段の私は半襟をわざわざ縫い付けず、小さめの安全ピンなどで留めてしまう事が多い。
普段着用の襦袢もポリエステルだ。
最近は白無地ばかりでなく、可愛いプリントの襦袢も通販サイトで売っているし、
汗をかいても洗濯機で洗える襦袢は、着物生活の強い味方だ。
私にとって、絹の襦袢や半襟は、ここぞというときの「とっておき」。
でも、今回着るのは、その中でもさらにとっておき。
アンティークの、「紅絹」と呼ばれる真っ赤な絹の襦袢だ。
デリケートなアンティークの絹には、安全ピンの針は太すぎる。
ぶつっと穴が空いて跡が残ってしまうので、和裁用の細い針で丁寧に縫い付けるのが必須だ。
光沢のある生地は滑りやすく、縫うのが少し難しい。
祖母の裁縫箱から、先端に丸いガラスのついたまち針を取り出し、半襟を固定していく。
アンティークの襦袢は襟の幅や仕立て方も、現代の物と違う。
縫い付けるのは少し苦戦しそうな予感がして、私は深呼吸をした。

密度の高い刺繍の半襟は、襦袢の襟に添わせようとしても、糸の反発で少し盛り上がる。
久しぶりに襦袢までアンティークを纏えることにワクワクする気持ちに包まれていたが、
半襟を縫い始めてみると、先の遠さに気が滅入りそうだ。
針を生地に通す瞬間の「スッ」とした瞬間は気持ちいいのだが、縫っているうちに皺が寄ってしまう。
手を止めて、皺を伸ばして、まち針で固定しなおして…なかなかに難しく、手間がかかる。
現代の着物姿では、白い無地の半襟を細く出すのが通例だ。
礼装の際は、より襟合わせを深くする。
けれど、明治~大正期の着物姿では、半襟は「見せるもの」。
より膨らませるために、襟の中に綿を入れたなんて話も残っているくらいだ。
私が苦戦していると、夫がコーヒーを淹れ始めた。
おそらく「休憩しながらやれや」と言いに来るのだろう。
一度手を止めて伸びをした私は、縫えた部分の半襟を眺める。
縫っていない状態でも美しかったが、襟の形になると陰影感が際立つ。
少しの達成感に包まれながら、私は、古本市で見つけた大正時代の雑誌を思い出していた。
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大正15年に発行された《主婦之友》。
そこには、現代を生きる私たちが当たり前と思っている姿とは、少し違う光景がありました。
この写真は、初春の新装をテーマに、一般公募で寄せられたデザインの半襟です。
赤と黒の糸で刺繍されたモダンなものと、水鳥の群れの刺繍を金糸で彩った煌びやかなもの。
どちらも発案者は女性の名前が記されています。
きっと、流行に敏感な女性たちが考えた図案の中から厳選されたのでしょう。
刺繍の半襟は、現代では振袖などに使用しますが、
大正時代には、日常と地続きの「とっておき」だったことが伺えます。
しかし、そんな「とっておき」は、時代が下ると共に徐々に変化していきます。
第二次世界大戦・太平洋戦争の際、さまざまな物事が変化しました。
特にファッション面で影響が大きかったのは、事細かに装いを制限した奢侈禁止令。
そして、多くの人の心に根付いた戦争への気持ちです。
美しい着物をもんぺに作り替え、暗い世相に抵抗した女性の姿もありましたが、
それができない女性も、多くいたのではないかと思うのです。
昭和15年に施行された上記の規制には、
『指定奢侈品の製造禁止』に刺繍が登場しています。
明治時代以降、女性の手工業として一時は政府にも奨励された刺繍は、
こうして少しずつ、日本人の日常から離れていったように感じます。
着物の半襟が白い無地になったのも、こうした時代の流れを汲めば必然だったのでしょう。
現在、着物は多くの日本人にとって「礼装」になりました。
真っ赤な襦袢ではなく、清潔感のある白い襦袢。
折るのすら難しい刺繍半襟ではなく、清楚な印象を与える白い無地の半襟。
派手さや遊び心よりも「きちんと」。
白無地の半襟が定着していったのは、
それが「無難」だったからではなく、「そうであることを求められる時代」になったから。
顔の1番近くにある着物のパーツ、半襟。
それはただの「装飾」ではなく、
身体と社会のあいだに置かれた、象徴のようなものなのかもしれません。
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時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
宮寺理美

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