【大正浪漫譚・長崎編】和華蘭の島で、拍子木が鳴る

大正浪漫譚


卓袱料理、もりだくさんな喫茶店モーニング、そして今、私の前にあるトルコライス。
その一皿は、まるで長崎の文化を食べているかのようだ。
「美味しいけど、食べきれるかな…」
「その時は俺に任せろ」
夫と2人で出島に来た私は、お洒落な緑色の洋館、長崎内外倶楽部で名物のトルコライスを注文した。
ボリューム満点のトルコライスにミルクセーキも頼んでみたら、予想の倍の大きさだ。
夕食は何も食べられないかもしれない。


出島は欧米からの観光客が多い。
欧米では抹茶とか禅とか、もっと日本的な雰囲気が好まれると思っていたので、これは正直少し意外だった。
「欧米の人が多いね」
「んだな。珍しいのかもな」
確かに、出島は今までに見たことのない不思議な雰囲気の場所だった。
長崎の文化を「和華蘭文化」と呼ぶことは知ってはいたが、オランダ商館はどこか絵本のような愛らしさだ。
壁や天井がカラフルな花柄の和室は、畳の上に西洋の家具が置かれている。
そして大きな窓。その窓枠はセルリアンブルーだ。意外な取り合わせに思えるが、不思議と調和している。
インテリアのお手本にしたいけど、きっと夫は落ち着かないと言うだろう。


見学しながら出島をぶらぶら歩いていると、アナウンスの音声が聞こえてきた。
「ん?なんか言ってる?」
「………長崎検番の踊りが見れるみたい」
昨日散策していた時に見た、丸山町の長崎検番だ。これは是非見てみたい。
席に限りがあるとも聞こえ、いそいそと受付に向かって代金を支払うと、すぐに座席に案内された。
すでに座っている他の観客も、なんだかうきうきとした表情だ。
「エキサイティング」とか「ビューティフル」とか、そんな英語の会話も聞こえてくる。

「みなさま、お待たせいたしました」
司会者の女性は日本語でのアナウンスを終えると、英語でもショーの始まりの挨拶をする。国際的だ。
拍子木に合わせて芸者衆が登場すると、場の空気が変わった。
伝統芸能、日本文化、色々な言葉があるけれど、芸者衆の舞はそんな小さなことは吹き飛んでしまう美しさだ。


「さて、次の曲はお客様にもご参加いただきます」
司会者がそう言うと、芸者衆が舞台から客席を見回す。
目が合った観客は、踊りや打楽器の勧誘を受けている。困ったような顔をしつつも、みんな満更ではなさそうだ。
欧米人観光客の男性2人も、楽しそうにダンスに立候補している。
楽しそうな様子に思わず頬を緩めていると、
「素敵な装いのお姉さん、拍子木やってみませんか?」
淡い藤色の着物を纏った美しい芸者さんが笑顔で私を見ていた。
そんなことを言われたら、お断りするわけにもいかない。
「こうやって手首を使うんです」とコツを教わって練習するが、なかなか難しい。

そうこうしているうちに時間切れ。
芸者衆がスタンバイのためにはけると、三味線をスタンバイした「地方」の女性が、私に目線で合図を送る。

カン!カン!

私の拍子木の音が鳴り響く。どうやら成功したようだ。
白塗りメイクの芸者衆と日本人、外国人観光客が三味線に合わせてぞろぞろと登場する。
出島スペシャルステージの始まりだ。

***


鎖国時代の日本で、海外との交易を許された唯一の場所、長崎。
そこで花開いた、日本、西洋、中国の文化が融合した和華蘭文化。
わからん、と聞くと「分からん」と脳内で翻訳される人も多いのではないでしょうか。
花を連想させるような煌びやかな文字と、くすっと笑える読み方。なんだか粋ですよね。

いち早く海の向こうの文化との「折衷文化」が誕生した場所、出島。
しかし、それには各国の政治的な思惑が影響しています。
海禁令による銀不足に悩む明。
キリスト教を警戒する江戸幕府。
そして、布教よりもビジネスを優先したオランダ。
文化は折衷させても、宗教や思想の面での折衷は許されない中で生まれた和華蘭文化は、
大正時代の和洋折衷とは、違う雰囲気を持ちます。

そんな和華蘭文化を肌で感じることのできる出島は、実は後年再建されたものです。
その一方で、出島と共に海外交流の窓口であった中国人住居地区、唐人屋敷跡は、現在では門が建つのみ。
鎖国政策の開始と共に、密貿易やキリスト教浸透を防止するという名目で、
中国の人々は出入りを厳しく管理され、塀の中で生活したことは、あまり知られていないように感じます。
出島のように、島を再建すれば近隣住民もいませんが、こちらに関しては今暮らしている方もいらっしゃるので、
遺構を残すだけでも大変な事だと想像できます。
その広さは約9400坪とも言われ、2階建ての長屋が20軒ほどあったのだとか。
今回の旅ではその場所を訪れることはかないませんでしたが、
町内にも中国の人々の生活を感じさせるスポットが点在していました。


出島で観光客と芸者衆のショーを見ながら、あまりにも素敵な笑顔の欧米観光客の男性たちを前に、
後で探して送ってあげようと写真を撮りました。
その後無事に再会でき、エアドロップで写真を送って差し上げたところ、
「とても良い体験だった」というようなことをおっしゃっていたのが印象的でした。
出島で培われた和華蘭文化は、決して仲良しこよしの関係から生まれたものではありません。
けれど、それは令和の私たちの間でまた、他愛ない会話やコミュニケーションを生みます。
人は同じ場で笑い、踊ることができるのです。

そう、長崎の文化が生んだ、
あの一皿のように。

***


時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
次回は長崎編の最終編です。
また来週お会いしましょう。

宮寺理美

<出典・参考>
長崎市公式観光サイト
長崎検番公式サイト

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