【大正浪漫譚】異国へ渡る絵葉書、大正乙女の絵封筒

大正浪漫譚


「理美、これ届いてたで」
夫が絵葉書を私に渡した。
『不思議の国のアリス』の絵葉書に、ブルース・リーの切手が貼られていた。香港の友人からの手紙だ。
イギリスの文化と故郷を愛する彼女らしいセレクトに、思わず笑みがこぼれる。
友人であるKiri ChloeWong、キリちゃんとの交流は、気づけばもう10年になるだろうか。
日本文化をこよなく愛し、日本語が堪能な彼女は、いつも日本語で手紙を書いてくれる。


私たちの出会いはSNS。普段はLINEで連絡を取っている。
文通はコロナ禍以降始まった。
見えない不安の多かったあの時は、ポストを開けてキリちゃんからの手紙が届いていると、それだけで温かな気持ちになれたものだ。
次に会えるのはいつになるかすら分からなかったが、手紙が私たちを繋いでくれていた。

さっそく返事を書こうと、手持ちの絵葉書を扇子のように広げてみる。
竹久夢二や高畠華宵の絵葉書は特にお気に入りだ。
そんな中私の目に留まったのは、大正時代のイラストレーター、小林かいちの絵葉書だ。
中国風の衣装に身を包んだ女性。顔は描かれていない。そして、その背後には異国情緒あふれる帆船。
大正時代当時の、異国への憧れを描いたようなイラストだ。

令和の海外旅行は大体が飛行機だが、大正時代の洋行は船旅だ。
日本から欧米に行くために必ず立ち寄ったのは、香港や上海などのアジアの港だ。
キリちゃんの住む香港は、当時は英国領時代。日本人にとって、最初に西洋文化に触れる「扉」のような場所だったのだろう。
異国情緒溢れるイラストには、そんな時代背景も関係している。
私たちの関係性にぴったりだ。今日の手紙はこの絵葉書にしよう。

ふと思い立ち、私は一つの小箱を手に取った。
私のお気に入りのコレクションをしまっている箱だ。
蓋をそっと開けると、可愛いイラストの古くて小さな封筒たちが顔を覗かせる。私がコツコツ集めた、アンティークの絵封筒たちだ。
中でも、小林かいちの絵封筒は、特に熱心に集めてしまう。
大正~昭和初期、京都さくら井屋で活躍した小林かいちの図案は「都モダン」と呼ばれた。
嘆く女性、街灯、十字架、教会、薔薇、スズラン…そんなモチーフで描かれているのは、乙女の哀愁や儚さ。


竹久夢二や小林かいちは、モダンで情緒あふれる図案の絵封筒で、女学生たちを虜にした。
そっと絵封筒を指で撫でると、女学生たちの小さなおしゃべりが聞こえてくるようだ。
大正時代の少女たちも、誰かにプレゼントを選ぶような気持ちで、絵封筒を選んでいたのかもしれない。



近代的な郵便制度が日本で始まったのは明治4年(1871年)。
まだまだ江戸時代の名残が残る当時、元々幕府の役人であった前島密氏の尽力で、日本にも近代的な郵便制度が導入されたのは有名なお話です。
でも実は、郵便制度発足当初は、個人間で手紙を送ることはできませんでした。
美しい絵葉書や手紙が人気を博すようになるのは、明治33年(1900年)の私製絵葉書の認可以降のことです。


明治時代の流行は、美しい女性のブロマイド、なかなか行けない遠方の風景写真などなど…
日露戦争の「戦勝ムード」も相まって、記念絵葉書も流行します。
手紙は単にメッセージを伝えるものではなく、小さなプレゼントでもあったのです。
「美しさ」や「時代の空気感」を郵便で送る。
当初は物珍しさからのブームだったのかもしれませんが、このような「プレゼント感覚」は、日本の贈答品文化とも相性が良かったのでは、と推測できます。

郵便で送る小さなプレゼントの習慣がすっかり根付いた大正から昭和初期頃になると、少女たちの間では「絵封筒」が流行しました。
竹久夢二や小林かいちのモダンでハイカラなイラストは、現代でもコレクターがいるほど美しいです。
和紙に木版多色刷りで草花・風景・図案をあしらった装飾的な封筒…
多くの場合、これらの絵封筒は郵便で送られることはありません。
可愛い封筒を手渡しする。特別に親しく、時には恋心にも似た感情を抱く相手に送る、ロマンチックなアイテムだったのです。
こうした当時の少女たちの独特の習慣は、吉屋信子女史の著書『花物語』にも描かれましたね。

手紙が女学生の文化として根付いた時代、『花物語』以外にも、意外な本がベストセラーになっています。
それは、恋文の名手としても知られる樋口一葉女史の『通俗書簡文』。ちょっと難しいタイトルですが、手紙の文例集です。
明治時代から大正時代にかけて、手紙を書くことは女性の教養としても重要視されます。
そんな時代背景から、『通俗書簡文』は明治29年(1896年)出版。時間をかけて、大正時代にベストセラーとなりました。

カメラや携帯電話、インターネットの普及。
郵便よりもはるかに速い方法が、現代では当たり前です。
けれども、今ほどやり取りが簡単でなかった時代、1通に込めた想いや気持ちを文章にする行為は、やはり特別だったのでしょう。
「文字に気持ちを添える」という小さなプレゼント文化は、可愛らしい絵封筒に宿っています。
今ではもうこの世にいない、誰かが書いた小さな手紙は、当時の人々の息づかいを教えてくれています。





時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、毎週日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。

宮寺理美

<参考>
国立国会図書館 本の万華鏡 第26回 恋の技法ー恋文の世界ー 第2章 明治・大正・昭和の恋文あれこれ
絵葉書資料館

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