78回目の終戦記念日

日々のあれこれ



私は世界にある「溝」に気が付かないまま大人になってしまいました。
これからの世界で、「溝」に気が付かない子供たちが大人になった時、
そこに新しい「溝」が生まれてしまう事を危惧せずにはいられません。



こんにちは、宮寺理美です。
今日2023年8月15日は78回目の終戦記念日です。
アンティーク着物をはじめとする古い物たちと向き合うと、
必ずぶち当たるのは戦争、つまり太平洋戦争と第二次世界大戦です。
戦争による空襲被害や物資の枯渇で流通品の質が下がったり、
文化的価値の高いものとされる建築物などが焼失したり。
古い物を見続ければ、必ずこのような現象を知ることになります。

「戦争は本当に何もかも奪う」という事実は、
過去を遡るまでもなく当たり前の事ではありますが、
事実としてそこに存在する「奪われた」という感覚は、
なんとも説明しづらい感情を呼び起こします。

祖父のアルバムより。



私は埼玉県で生まれ育ちました。
祖母からは空襲被害や生活苦の話をたくさん聞いて育ちました。
共働き家庭で育ったので、小学校入学前はよく父方の祖母の家に預けられていたのですが、
ご近所のご婦人方が集まれば必ず戦争の話になりました。

砂糖も塩も何も無かった。
「ちょっとお腹壊すだけ」と子供に言い聞かせて草を食べさせた。
元軍人のおじいさんは戦争が終わった後も威張っていた。
農家の家に着物を持ってきて、食べ物と交換してもらっていた裕福な家庭の奥様がいた。
群馬県の織物が盛んな地域に爆弾を落としたついでに民間人も狙撃された。
今となっては全て事実なのか確認すらできません。
ですが、そういう話は子供心にも記憶に残ります。


日本では、と言うと主語が大きすぎるでしょうか。
私の経験した学校の歴史教育では、太平洋戦争および第二次世界大戦のページは、
かなりの時間を割いて学習したように記憶しています。
原爆の日は学校で黙祷を行い、夏休みの読書には戦争関連の本が推奨されました。
「ひめゆりの塔」は夏休みの読書に推奨されます。
けれども、沖縄県がかつて琉球王国で、明治時代に沖縄県へ改組された事も、
やはり多くの時間を割いて勉強はしなかったように記憶しています。

何のご縁か、私は今、中国のSNSで時折「日本文化KOL」等と呼ばれる事があります。
KOLとはキーオピニオンリーダー。
要するに「発言力を認めていただけた」という事だと理解しています。
中国のSNSで1番大事なのは「炎上しない事」とよく言われます。
中国のSNSでの炎上は、日本の炎上とは全く意味が違います。
ひとたび炎上すればどんな人気俳優や有名人でも、たちまち仕事が無くなります。
物騒な投稿が多ければ、容赦なくアカウントも削除されます。
そんな環境なので、中国で発信する日本人たちの間では、ノウハウ共有も活発なようです。
思いやりで共有する親切な方も、勿論います。

かくいう私も、ある程度の発言力を手にした時、「これは責任重大だな」と思いました。
どんなに「日本人である事は事実だけど、それは私と言う人間の一部だ」と説明しても、
どうしても日本代表になってしまう機会は度々あります。
そんな事情もあり、世界史と中国史を自主的に勉強し直したのは2年ほど前の事です。
私には知らない事が多すぎたのです。

中国史を勉強していた頃、私は一人の中国出身の女の子と知り合いました。
彼女は山東省出身。
山東省は清朝末期には紛争の舞台となり、日清戦争後に日本軍に占領された場所です。
彼女は日本人男性と結婚したのですが、「結婚、反対されなかった?」と聞いてみた時、
笑顔で「もちろんされたよ」と話してくれました。
特に彼女のおじい様はものすごく反対なさったそうです。
その反対っぷりは相当すさまじかったそうで、
「その後どうやって説得したの?」と尋ねたところ、
当時、まだ婚約者だった夫君を連れて里帰りし、無理やり面談させたところ、
沈黙に耐え切れなくなったおじい様が、夫君に社交ダンスを申し込んで打ち解けたのだそうです。
男性二人のぎこちない社交ダンス。なんて平和なんでしょう。
「でも、やっぱりおじいちゃんは日本軍にされた事が忘れられないんだよね」とも言っていました。

その後、彼女ともっと打ち解けた後、
彼女にお願いして、おじいちゃんやおばあちゃんから聞いた話を聞かせてもらいました。
「そんな事を言う日本人は初めて」と彼女は驚いていましたが、
戦争経験者の話を直接聞いたのは私たちが最後の世代だから、とても大事な事だと思っていることを伝えました。
そして、ゆっくりゆっくり、思い出しながら教えてくれました。

日本軍は結構真面目に山東省を統治しようとしてた。
だから日本語学校があって、おじいさんはイロハニホヘトが言える。

夜中に日本軍が襲って来た時に、犬が吠えたら家の場所がバレてしまう。
だからおばあちゃんは自分の飼い犬を殺さなければならなかった。

夜中に逃げる時は、芋畑のあぜ道を走って逃げる。
山東の芋は沼地で栽培する。だから、落ちたら死ぬ。
日本軍はあぜ道がどこにあるか分からないから追ってこられない。
でも電気なんてもちろん無い。落ちたら自分たちも死ぬけど、命がけで逃げる。

もう一つ、彼女は大事な事を教えてくれました。
「重慶の人に空襲の話は絶対しちゃダメだよ。」
日本では重慶爆撃の事は学校では教えません。
調べようと思えば調べられます。ご興味のある方はぜひ調べてみて下さい。
祖母から空襲被害や爆弾ついでの民間人狙撃の事を聞いて育った私は、
自発的に調べようと思うほど視野が広くありませんでした。
彼女のアドバイスに心から感謝しています。

中国のSNSでは何も発言してはいけない日が年に数回あります。
苛烈な憎しみを向けられるのは、言語がさほど分からなくても辛いものです。
ですので、私はそういう日にはSNSを見ません。
見たところで、喉に鉛を詰め込まれたような気分になるだけだからです。
そして、8月15日も、私にとっては中国のSNSを見ない日のひとつです。
1945年8月15日は、天皇が「ポツダム宣言」の受諾を国民に直接語り掛けた日です。
中国ではこれは「対日戦勝利」と受け取られていて、
メディアでもこの日は盛んに呼びかけられます。
日本ではそういう習慣が無いので、最初はとても驚きました。
きっと知らない方の方が多いのではないでしょうか。

立場が違えば正義も違います。私も東アジア圏の友人達も、これをよく理解しています。
「政治の話を始めたら絶対仲良くできない」と口に出して言う友人もいるほどです。
東アジアの国々では特にそうで、
色々な地域の人が同席している時に政治の話をしないのは、エチケットとして認識されている場合も多いです。
私はなぜか運よく、色々な地域出身の友人ができました。
なので、これらの事を体感として学ぶことができました。
そして、自発的に始めた世界史や中国史の勉強は、自分のためにすごくよかったと思います。
「自国の常識は他国とは違う」
「自分の感覚は他人とは違う」
言葉にしてしまえばとても簡単な事ですが、
そこには想像力では補えない事がたくさんあります。

個人的には、これらの事については教育不足を感じざるをえません。
確かに、どの国でも自国が受けた被害の事については強調する傾向はあるでしょう。
国対国という「チーム戦」の図式で見れば、ポジションの取り合いは大事です。
被害者としてのカードでも、切れるカードの数は多い方が勝ちます。
でも、個人が無知なままでは、チーム戦に遭遇してしまったら、
対処するどころか、何が起こっているのか理解するのも難しいです。
これは対海外という図式で見ても、個人対個人という図式で見ても、
どちらでもあまり良いことではありません。
自分のポジションを判断できない人は、成長も難しいです。
これは、結果的に人材の成長を阻むことになります。
また、個人対個人で友好的な人間関係を築こうと思った時にも、
相手のバックボーンへの理解や尊重は大切な要素です。
それが欠落していても、表面的には人間関係を築けます。
しかし、その後の深い一歩は確実に踏み込めません。

恐らく、日本の多くの人が「奪われた」という感覚は持っていると思います。
実際に私もそう感じる機会が多いです。
そして、今の日本で行われている慰霊の行事は決して無駄ではないと思います。
慰霊は生者のための行事です。
私ですら「奪われた」と感じるくらいですから、
今を生きる人々の心のために必要不可欠だと思います。
しかし、それと同時に、「奪った」側である事も認め、
相手側の視点を学ぼうとしたとき、初めて見えるものも多いのではないでしょうか。
現代の日本は、経済的にも情勢的にも、自国だけで循環しているとは言えない状況です。
関係性を築く事ができるのは、これから先、とても大切になっていくと私は思います。

毎年、終戦記念日には色々な事を考えます。
考え疲れて泣き疲れて眠ってしまう事もあるほどです。
中国のSNSではよく謝罪を要求されるのですが、
私はきっと謝る事は一生できないと思います。
謝ってしまうのはとても楽なんです、考えるのをやめてしまえますから。
「戦争ダメ絶対!」と思考停止して、慰霊の行事で毎年平和を祈り、
謝罪を求められたら謝罪すれば、
ある程度「優しい人」として評価されるかもしれません。
でも、その後には個人では到底果たせないような責任を追及されます。
(これも日本とは違うところかもしれませんね。)



もちろん、個人で戦争の事を考えたり発信したりするのは限界があります。
戦争の個人的な経験を語り継ぐのは3代が限界だという人もいますし、
そもそも、戦争は個人で責任が果たせる範囲の事ではありません。
でも、私はきっとこれからも言及し続け、考え続けるのだと思います。
私にとって、これが私自身ができる最大級の事だからです。


Follow me!

コメント

PAGE TOP
error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました