私は、古いアルバムを手に取った。
時の洗礼を受けた深緑色の表紙は、少しひび割れている。
その表紙には、手編みとおぼしきレースのリボンや、更紗文様の絹の生地があしらわれている。
きっとこのアルバムの持ち主が、手ずから飾り付けたのだろう。女性だろうか。
私はレースのリボンをそっと撫でる。
陽の光に焼けて変色している絹の生地は、端がほつれて糸が飛び出してきていた。

私が「時の洗礼」と呼ぶ現象を、「経年劣化」と呼ぶ人もいる。
確かに、見方によっては劣化なのだろう。
けれど、多くの時を経たものは、時の流れでしか得られない魅力があると私は思う。
時を重ねて姿が変わってしまったアルバム。
その持ち主の心は、そのままの形で残っているように感じる。
「お。それ、こないだ貰ってきたやつか」
「そうそう。これ、きっと自分でデコったんだろうねぇ」
以前、趣味としてカメラを嗜んでいたの夫も、この古いアルバムに興味があるようだ。
テーブルの上を片付けて、私たちは大きなアルバムを広げてみる。
アルバムを開くと、こちらに向かって静かに視線を投げかける少女たちがいた。
午後の日差しが窓から差し込み、彼女たちの眼差しを照らす。
長い間誰も開かなかったアルバムに、命が宿ったようだ。

「袴だ。卒業式かな」
「そうかもな」
髪を束髪に結い上げ、紋付の着物に袴を履いた少女たちの集合写真は、卒業式の写真だろうか。
髪型やファッションから、時期はおそらく明治後期から大正初期頃だろうか。
中にはカメラを見ていない少女もいる。
写真がまだ珍しかったこの時代、「魂を取られる」という迷信があった、と言われている。
迷信。
今を生きる私たちがそう呼ぶものは、この少女にとってはきっと真実だったのだ。
アルバムのページをさらにめくると、家族写真が現れた。
子供たちの笑顔。地域のお祭りの装束をした少女。婚礼衣装の女性。
「やっぱり、昔は神社とかチャペルより祝言って感じだったんだねぇ」
「せやな、なんかうちの実家みたいな景色やな」
こちらを見ている花嫁衣裳の女性。その背後は、金屏風ではなく、田舎の景色だ。
現代の写真より少々不鮮明なその写真たちは、誰かの大切な思い出だったのだろう。
今ではそれが誰なのか、知る人はもういない。
けれど、大切な思い出の写真だけは、この世に残っている。
私がこうした古いアルバムを引き取るのは、
この世に残った誰かの「思い出」を、手元に置いておくのが好きだからかもしれない。

写真を撮って思い出に残す。
現代では簡単になったその行為は、100年前には今より少し難しく、そして新しい楽しみでもあった。
私はアルバムの中の少女たちを眺めながら、大正時代の新聞記事を思い出していた。
***
日本に写真術が伝わったのは、幕末から明治初期にかけてのことでした。
歴史好きなら必ずと言ってもよいほど知っている、坂本龍馬の写真で有名な上野彦馬のおかげで、
きっと存じの方も多いでしょう。
明治時代、「文明開化」とよばれた明治政府の西欧化政策の中でも、
カメラは当時の人々にとって不思議な存在だったようです。
そんなカメラが市井の人々に広まり始めるのは、大正時代末期から昭和初期にかけて。
大正時代の新聞には、カメラを所持している人々の楽しそうな様子が掲載されていました。
大衆向けの雑誌や新聞には、カメラはたびたび登場し、
その様子は、なんだか現代とあまり変わりないように感じますが、
撮影のノウハウを記した本を見てみると、撮影場所の注意として、
こんな一文が登場していました。

禁止地域撮影許可願
陸軍の要塞、海軍の軍港要港附近は國防上重要な地區ですから、寫生する事も、撮影する事も、禁じられて居ますが、出願手續はごく容易で、司令部の許可を得れば寫す事も出來るのです。
詳細は寫眞講習録第一卷にありますが、出願手續はごく容易で、左のような願書を一通こしらへて、司令部宛てで送れば、二日後に許可證を送って吳れますから、其許可證に記されてある範圍内で行動すれば、何の氣兼ねもなく、公然寫す事が出來るのです。
若し、許可證を持たずにカメラを携へて、要塞や軍港附近な、ブラツキあるいたものなら、とんでもない事になりますから 左に列記の地方で寫すときは、夫々の手續を済ましておいた方が安心で、旅行中など、疑しい場所だと思ったら、町村役場やお巡りさん憲兵さんなどに尋ねてから、寫すやうにした方が安全です。
現在の禁止地域は左の通り。
ー フィルム寫眞術 著者:高桑勝雄 大正9年11月10日発行
昭和初期ごろになると、印刷技術の発達も相まって、
雑誌に掲載される写真もぐっと鮮明になります。
洋装のモダンガール、和装の古典美人…
女性の美しさを記録する媒体も、これより以前は浮世絵などに代表される「絵」でした。
カメラ、そして写真撮影の大衆化によって
女性の身体表現や美の基準にも変化がもたらされたのではないでしょうか。


時が進み、令和の現代では、
スマートフォンの普及によって、写真はより手軽で身近なものになりました。
けれど、古いアルバムを眺めていると、
美しいと感じたものや、忘れたくない記念日を、形として残しておきたい。
そんな気持ちは、100年前も今も、きっと変わらないのだと感じます。
静かなまなざしを向ける少女たちを見つめながら、
私はそっとアルバムのページを閉じました。
***
時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
宮寺理美

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