【大正浪漫譚】時代を結ぶ甘さ ー 大正時代のクリスマスケーキ

大正浪漫譚


「いやぁ、疲れたぁ」
「なんだかんだ歩いたもんな、ま、休憩やな」
夫と2人で出かけるとなぜか死ぬほど歩く羽目になる。
この週末は三菱一号館美術館でどうしても見たい展覧会があり、夫を誘ってみたものの、なぜか銀座くんだりまで散歩する羽目になった。
誘ったのは私だが、こんな予定ではなかったのに。
もしかしたら100年前の人の方が、私達よりは歩いていないかもしれない。
大正時代の東京には、路面電車が縦横無尽に走っていたのだそうだ。
この「チンチン電車」は昭和42年に全廃されたそうで、昭和62年に生まれた私は路面電車の走る東京を見たことがない。
今もあったらどれだけよかっただろう。

歩き疲れた私たちがたどり着いたのは、ビルの地下階にある喫茶店だった。
銀座に何箇所か店舗を構えるこの店は、銀座のご当地カフェとも言えるかもしれない。
「いやぁ、しかし人が多かったね」
「クリスマスやからな、みんなプレゼント買いに来てたのかもな」
「大正時代と変わってないんだねぇ」
令和の銀座の街はキラキラと瞬くクリスマスイルミネーションで飾りつけられていた。1年で最も煌びやかな季節かもしれない。
クリスマスは大正時代、銀座の百貨店から広まったのだそうだ。
煌めくイルミネーションに照らされる人々の顔には高揚した笑顔が浮かんでいた。
100年前から、人々が見ている夢の形はあまり変わっていないのかもしれない。



しばらくすると、コーヒーと共にチョコレートケーキが運ばれてきた。夫がオーダーした苺のショートケーキには、小さなクリスマスツリーが鎮座していた。
「お、なんかツリー立っとる」
と、夫は少し嬉しそうだ。毎年クリスマスケーキを率先して予約してくれるので、もしかしたらクリスマスというイベントが好きなのかもしれない。
クリスマスケーキは明治時代の横浜からその歴史が始まったと言われている。
しかもしの歴史の始まりは、ペコちゃんでおなじみの不二家なのだそうだ。
私も、生クリームがちょこんと乗ったチョコレートケーキを食べ始めた。
そういえば、今年はどんなケーキを予約したのか、夫に聞いていなかった。後で聞いてみることにしよう。



クリスマスケーキの物語には、日本を代表するお菓子メーカーが深く関係しています。
明治42年(1910年)、横浜元町で藤井林右衛門という1人の青年が洋菓子店を開業しました。
大正元年にはソーダ・ファウンテンと名付けた喫茶店を開業し、大正11年にはシュークリームやショートケーキも販売。
初めてシュークリームやショートケーキを食べた当時の人々は、どんな感想を持ったでしょう。
きっと、初めて体感する甘さに、感激したのではないでしょうか。
その洋菓子店の名前は「不二家」。日本を代表するお菓子メーカーです。
不二家が開業同年に販売を開始したのは、クリスマスケーキでした。
クリスマスケーキは、日本の洋菓子の歴史の始まりでもあったのです。

当時のクリスマスケーキは、実は生クリームは使用されていませんでした。
実は、当時はまだ冷蔵ケースが普及しておらず、生クリームの保管には課題が山積みでした。
そんな事情もあり、生クリームは第二次世界大戦後から一般に普及していきます。
しかし、不二家のクリスマスケーキは白い雪のようなクリーム状のものを纏っています。
実はその正体は、砂糖で作られた衣でした。
この不二家のクリスマスケーキは、開業当時は主に横浜に滞在する外国人向けに販売されていました。
大正時代になると徐々に日本人にも広まっていき、その頃も開業時と同じ製法のケーキが販売されていたそうです。

私が所蔵している古書に、大正時代当時のケーキのレシピが掲載されていました。
調べてみた所、明治15年(1882年)に開校した日本初の料理学校、赤堀割烹本教場(現・赤堀料理学園)の3代目園長・赤堀峯吉氏の著書であることが判明しました。
今回、この本のレシピで、大正時代のクリスマスケーキを再現してみました。
当時の不二家のケーキと同じように、アラザンで飾り付けてみました。
※当時の単位(匁)をグラムに換算し、家庭で作ることが出来る分量に修正しています。

大正8年(1919年)實用西洋料理法


スポンヂ・ケーキ・・・(マフィン6個分)

【材料】
卵2個 砂糖150g 水12ml 小麦粉75g
ベーキングパウダー12ml 酢12ml 塩2つまみ

【作り方】
①卵の黄身と白身を分け、黄身には砂糖を加えてよく混ぜ合わせ、
 小麦粉、ベーキングパウダー、塩を入れて更に混ぜ合わせる。
②①に水を加えて混ぜ、乳化させる。
③卵の白身を泡立ててメレンゲを作り①に徐々に混ぜ合わせ、更に酢を入れる。
④焼き菓子の型7分目まで入れ、170度に予熱したオーブンで約30分焼く。

※当時のケーキはまだホールケーキではなく、マフィンのような型を使用していたようです。
恐らく設備の問題で、ホールケーキが焼けるほど大きなオーブンの導入が難しかったのではないかと推測できます。

ホワイト・マウンチンクリーム

【材料】
1砂糖65g 水18ml 卵の白身0.5個分 レモン汁、バニラエッセンス適量

【作り方】
①鍋に砂糖と水を加えて火にかけ、かき回してドロドロに煮詰る
②卵の白身を泡立ててバニラエッセンスとレモン汁を加える
③ ①②を混ぜ合わせたものをお菓子に塗る


お砂糖が多く、バターを使用しないケーキはとても甘い仕上がりでした。
まるで夢の続きのようです。



時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、毎週日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。

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