春の小金井公園は賑やかだ。家族連れやカップルがみんな桜を見上げ、笑顔で談笑している。
与謝野晶子は京都の桜月夜を「こよひ遭う人みなうつしき」と詠んだそうだが、
桜なら昼間の東京だって、負けていないのではないだろうか。
「小金井公園、穴場の花見スポットかもね」
「それでもまぁまぁ混んでるけどな」
「目黒川とか上野公園よりだいぶマシでしょ」
東京のお花見スポットは、この時期どこでも人で溢れている。
去年は中国から友人が来日していたので、一緒に花見に行った。
けれど、そこかしこから中国語が聞こえたそうで
友人は「北京にいるみたい」と笑っていたっけ。


春先の空気はちょっと埃っぽい。
そんな空気を払うようにざくざく歩くと、私の袴の裾が歩幅に合わせて揺れる。
花見に桜の着物は野暮だと言う人もいるらしいが、私が見ている限り、私の着物なんて誰も見ていない。
華やかな着物に身を包むと、なんだか桜とおそろいの気がして、ますます足取りが軽くなる。
花盛りの小金井公園を抜けて、私たちは江戸東京たてもの園のチケットを買った。
「久しぶりやな」
「私と来たの、初めてじゃなかったっけ」
江戸東京たてもの園は、貴重な近代建築を移築した屋外博物館だ。
看板建築の花屋、煙草のカウンターや立派な銭湯-今ではもう見かけない建物ばかりだ。
本当にこんな商店街があったら、どんなにときめくだろう。財布の紐がついつい緩んでしまいそうだ。
「写真館見に行きたい」
「あぁ、あそこか。可愛いよなあそこ」
急に方向転換して夫をぐいぐい引っ張って歩くと、園内にも何本か桜が咲いていた。

ふわっと風が吹くと、はらはらと桜の花びらが舞う。
その向こうには、明治43年築のデ・ラランデ邸の屋根が見える。
「綺麗…」
と、思わず声が漏れる。その景色が、100年前の春と交差した気がした。
私は桜吹雪を眺めながら、明治時代の雑誌の写真を思い出していた-
***


風に揺れる枝垂れ桜、その向こうには新入生とおぼしき少女たちの後ろ姿。
袴姿の少女たちは、春の風の中、どんなことを思っていたのでしょうか。
「お花見」と聞くと、古風な春の行事というイメージを抱く人も多くいるかもしれません。
確かに、桜の花を愛でるのは、古の時代から続く日本文化でもあります。
けれど、明治~大正期も、お花見は人々の楽しみでした。
明治期以降、都市部を中心に発達した鉄道。そして、円タクなどの車。
これらの交通の発達は、「気軽に郊外に出かける」という新しい娯楽を生み出しました。
近代化の時代になってもなお、桜を愛でる文化が廃れず、むしろ民衆に愛され続けたのは、
このような背景も関係していたかもしれませんね。
しかし、そんな桜の花には、近代化の波と共に存続の危機がありました。
江戸から明治に変わりゆく時代。
今までの制度が見直され、「四民平等」と呼ばれる政策が実行されます。
この時代、桜の木が多く植えられていたのは武家屋敷でした。
時代の流れによる武家屋敷の荒廃は、桜の木の減少を招いてしまいます。
そんな時、桜の木を守ったと伝わるのは、植木屋の高木孫右衛門です。
彼は、桜の木を自らの庭に植樹し、その種を保護しました。
そののち、彼の桜の木は荒川の土手に植樹されました。
その数は78種200本とも言われています。
荒川の土手には、今年も高木孫右衛門が守った桜が咲き誇ります。
私が袴の裾を揺らして歩きながら眺めた桜の花。そして、桜を見上げながら笑いあう人々。
私たちが見上げるその桜の花たちは、
きっと100年前の春にも咲き誇り、風に揺れていたのでしょう。
風にはらはらと舞う花びらを眺めながら、
私は、この景色がこれからもずっと続くことを願いました。
***
時を超えて紡がれる物語『大正浪漫譚』は、毎週日曜の夜にお届けしています。
また来週お会いしましょう。
<出典・参考>
荒川堤五色桜碑

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